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学びの場

先週の山納さんの話の後、アサダさんが「住開き」というコンセプトで、自分のスペース(自宅など)を開放してサロン的に集まり、学びの場を提供している人が多くなってきて、それらを紹介することをしたい、というお話をされていました.本人もおっしゃっていましたが、旧来からある文化サロンや習い事の教室と何が違うのかと言われるとよく解りませんが、心に強く引っかかるものがありました.

元IDEEの黒崎さんが、スクーリング・パッドという学びの場をされています.
彼のブログの中で、色々と思いが述べられています.
その中で、こういう文章がありました.

そして続けていく内に、現代の若者達はすごく良い素質を持っているが、彼/彼女達の親の世代、つまり団塊の世代前後の価値観を踏襲していて、それとの関係が整理されていないということに気がついた。

経済的に安全なことが最優先され、大学/就職と進み、安全に死ぬことが人生の目的かと言わんばかりだ。スマート(賢い)だけどワイズ(賢明)でないし、クレバー(お利口)だけど信念がない。

(中略)

スクーリング・パッドを通じて僕が学んだ事は、こうした若者や大人も実は今までの学校のシステムを超えて、そこから更にに本来ある古くからの叡智や、実際の社会で役に立つことを深く考えてやって行きたいと思っているということ。

(中略)

経済危機/大不況/自然環境の崩壊/人口問題/食料危機が起こっている現在の状況では、地球という今や小さく思える自然の中で、これ以上人数や数字が大きくなることだけを追いかけないで、充実し進歩する社会をめざして行かなければ、やって行けない事が明らかになってきた。

何故会社は大きく成り続けないといけないのだろう。どうして売り上げが増え続けないといけないのか。もし賢く大人になる社会、深化し進歩する会社のあり方をイメージできる様になれば、また一つ道が開けるのではないかと思う様になってきた。

梅田望夫さんと斎藤孝さんの私塾のすすめでも同じような事が言われていて、学びの場の中から社会の成熟化が進んでいる様な気がします.

なんとなく、社会の中での「生き方」がわかならない時代だと肌で感じていたのですが、この辺に答えがあるような気がしています.

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